『点描の唄』が一日中頭から離れなかった理由

男女g星空を眺めている画像 わたし目線の哲学

突然、歌が降りてくることってありませんか?

ふと口ずさんでしまったり、
どうしても無償に聴きたくなった歌。

私は、その歌にはちょっとしたメッセージ性があると思っている派です。
その瞬間の自分にいちばんしっくりくる歌というか、
「今これを聴いて」と背中を押してくれるフレーズが、
どこかに仕込まれている気がしていて。

とある日、私に降りてきたのが、
Mrs.GREEN APPLEの「点描の唄」でした。

朝からずっと、Mrs.GREEN APPLEの『点描の唄』をリピートしている。
理由はシンプルで、
鈍い自分をしかってくれとか、
何気ない日常が壊れることに気づけないお子ちゃまだけど、
ちゃんと好きだってことは自覚している。

そんな歌詞の一節に、自分の全部を見透かされた気がしたからだ。
相手の気持ちなんて、本当のところは分からない。

こちらが勝手にドキドキしているだけかもしれないし、壮絶な勘違いかもしれないし、
第三者が見たら、「いやそれは脈ないって」と一刀両断される可能性も高い。

それでも、ふとした瞬間に目が合うと嬉しかったり、
なんてことない会話を思い出してニヤニヤしてしまったり、
名前を見つけるだけで一日ちょっと頑張れたりする。

この程度の情報で「もしかして両片想いでは?」なんて妄想している時点で、
私はもう立派な”勘違い両片想い女”だと思う。

そんな私の耳に、あのフレーズが流れてくる。ああもう、やめてほしい。
分かりすぎて苦しいのに、それでも再生ボタンを押す手は止められない。
あれこれ勘違いかも、と自分にツッコミを入れながら過ごしているはずなのに。

それでも時々、「あ、やっぱり私この人のこと好きだな」と、
どうしようもなく実感してしまう瞬間がある。
私の愚痴を笑って聞いてくれるその眼差しは、好きな人をみる目だったりする。

物語になるほど劇的な出来事ではない。
映画みたいな告白も、分かりやすい両想いの証拠も、まだ何ひとつ持っていない。
それでも、その人の何気ない一言や、ふとした仕草に心が揺れて、
「やっぱり好きだな」と静かに確信してしまう瞬間が、少しずつ増えていく。

あの人との何気ないやりとりが、気づけば私の中にたくさん積もっている。
『点描の唄』というタイトルのとおり、私の中にも、
あの人のことで埋め尽くされた小さな”点”が、
気づかないうちにこんなに増えていたんだな、と思う。

勘違いかもしれない。
だけど、あの人を好きだと思った瞬間のあたたかさだけは、誰にも否定できないし、
自分でもなかったことにはしたくない。

もちろん、これは全部、私の中だけで完結している景色だ。
「それはさすがに考えすぎ」と言われたら、たぶん何も言い返せない。

それでも、『点描の唄』を聴いているときだけは、少しだけ強気になれる。

「ちゃんと僕はあなたを好いている。」

この一行は、今の私にとって、相手に向けた言葉であると同時に、私自身に向けた言葉でもある。

勘違いかもしれないし、この恋がどんな終わり方をするかも分からない。
それでも、「あの人を好きだと思った自分」だけはちゃんと信じてあげたいと思う。

もしこの先、思い通りにいかなくて、静かに終わってしまう日が来たとしても。
今日までの私の中には、確かに「好いていた時間」があって、
その一つひとつが、小さな点みたいに並んでいるはずだ。

いつか振り返ったとき、その点たちが、少しでも優しい絵になって見えますように。
そんな願いをこめて、私は今日もまた、再生ボタンを押す。

この物語がどんな結末を迎えるのか、私自身もまだ分からない。
でも、もしまた新しい”点”が増えたら、その時はまたここに綴りたいと思う。

『点描の唄を聴きながら見た理想の景色』

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